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鳥取地方裁判所 昭和63年(わ)154号 判決

主文

被告人らはいずれも無罪。

理由

一  本件公訴事実は

「被告人有限会社甲野太郎商店は、鳥取県米子市《番地略》に本店を置き、家畜飼料及び鶏卵の販売等を事業目的とするもの、被告人A子は、同会社の役員としてその業務全般を統括処理するとともに資金管理を担当しているものであるが、被告人A子は、同会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、売上金の一部を除外するなどの方法により所得を秘匿したうえ、

第一  昭和五七年一〇月一日から同五八年九月三〇日までの事業年度における同会社の実際の所得金額が一九五四万八四五八円で、これに対する法人税額が七二五万〇一〇〇円であるにもかかわらず、同五八年一一月三〇日、鳥取県米子市西町一八番二号所在の所轄米子税務署において、同税務署長に対し、同会社の欠損金額が一三三万三六五七円で納付すべき法人税額はない旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もつて、不正の行為により同会社の右事業年度における正規の法人税額七二五万〇一〇〇円を免れ

第二  昭和五八年一〇月一日から同五九年九月三〇日までの事業年度における同会社の実際の所得金額が二〇三九万七六三七円で、これに対する法人税額が七八三万五一〇〇円であるにもかかわらず、同五九年一一月三〇日、前記米子税務署において、同税務署長に対し、同会社の欠損金額が一七二万六〇八九円で納付すべき法人税額はない旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もつて、不正の行為により同会社の右事業年度における正規の法人税額七八三万五一〇〇円を免れ

第三  昭和五九年一〇月一日から同六〇年九月三〇日までの事業年度における同会社の実際の所得金額が一五六九万七七七三円で、これに対する法人税額が五七九万九六〇〇円であるにもかかわらず、同六〇年一一月三〇日、前記米子税務署において、同税務署長に対し、同会社の欠損金額が一二六万八五八七円で納付すべき法人税額はない旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もつて、不正の行為により同会社の右事業年度における正規の法人税額五七九万九六〇〇円を免れ

第四  昭和六〇年一〇月一日から同六一年九月三〇日までの事業年度における同会社の実際の所得金額が一二三〇万七九一六円で、これに対する法人税額が四三三万六一〇〇円であるにもかかわらず、同六一年一二月一日、前記米子税務署において、同税務署長に対し、同会社の欠損金額が二万八二五六円で納付すべき法人税額はない旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もつて、不正の行為により同会社の右事業年度における正規の法人税額四三三万六一〇〇円を免れたものである。」というのである。

二  検察官は、被告人有限会社甲野太郎商店(以下「被告人会社」という。)の逋脱所得金額を認定するに当たり、その大部分に関して、後記のとおりの推計計算の方法を採用している。これに対して、弁護人らは、そもそも推計計算によつて所得を認定する方法は種々厳格な条件を具備した場合にのみ許されるものであり、本件はその条件を満たしていないからこの方法によるべき事案ではないこと、仮に、推計計算の方法を採るにしても、検察官の主張する後記の計算方法では、実額を上回る不合理なものである旨主張するので、以下検討する。

1  およそ租税逋脱犯における犯罪事実の構成要素としての逋脱所得の金額を認定する場合には、実額によることを要し、その立証に当たつては、刑事訴訟法の一般原則である合理的な疑いをいれない程度の証明が要求されることは言うまでもない。

しかしながら、一般に犯罪事実を認定するには、必ずしも直接に犯罪事実を認めうる証拠によつて認定する必要はなく、状況証拠から間接的に犯罪事実を推認して認定する方法も許されているから、逋脱所得の金額についても、推計の方法により認定することは、その方法が経験則に照らして合理的である限りにおいては、当然許容されるべきものであり、要は、それによつて合理的な疑いをさしはさむ余地のない程度の証明が得られれば足りるのである(昭和五四年一一月八日最高裁第二小法廷決定参照)。

もつとも、推計の方法による実額認定は、計数的な処理を段階的に行うという性質上、不確実な要素が含まれていてもそれを看過してしまう危険のある立証方法であるから、立証の指針程度の意味合いにおいて、この方法で認定を行う場合には、直接的な証拠から認定することが困難であるなどの例外的な事情がなければならないということを一応は言い得るが、実額に近いであろうとの一応の蓋然性があれば推計によつて得られた数値を実額と扱うという推計課税が許されている税務行政の場合とは異なつて、実額の証明を要する刑事裁判においては、帰するところ、その額について合理的な疑いを超える確信としての心証が得られれば足りるのであるから、立証の方法としての推計について、その必要性をさほど厳格に考える必要はないものと解すべきである。

本件において、検察官は、推計の方法を選択しているのであるが、それが立証方法として適当かどうかはともかく、要は、右述のとおり、検察官採用にかかる推計の方法により合理的な疑いをいれない程度に実額による逋脱所得の金額が認定できるか否かを判断すれば足りるというべきである。

2  そこで、検察官が行つた本件の推計方法の合理性について判断する。

(一)  検察官の主張する推計計算の方法の概略は、次のとおりである(以下「本件推計計算」という。)。

(1) 被告人会社が取り扱つている多種類の商品について、本件起訴にかかる事業年度における商品別の仕入数量・仕入金額(現金仕入分を除く)を仕入帳及びその原始記録から把握する。

(2) 売上帳、請求書控等の原始記録及び売上先の反面調査において収集した資料から、公表計上の有無を問わず、商品別に各期の売上金額・売上数量の実額を調査し、これに基づいて売上平均単価を算出する。

(3) 前記(1)の仕入数量に前記(2)の売上平均単価を乗じ、個々の商品が各期にすべて計上された場合における売上金額及びその合計金額を算出する。

(4) 前記(3)に対応する仕入金額(売上実績のある取扱商品に対応する仕入金額)の合計額を算出する。

(5) 前記(3)・(4)の各売上金額及び仕入金額に基づいて各期の差益率を算出する。

(6) 売上原価(期首棚卸高と当期仕入高を加えたものから期末棚卸高を差し引いたもの)を前提にして前記(5)の差益率に基づき算出した売上金額から公表売上高を差し引いて売上除外額を算定する。

なお、被告人会社の取締役B(以下「B」という。)が個人で使用した飼料については、仕入平均原価により売上されたものとして売上金額を算出する。

また、調査により判明した値引の実績額に基づいて値引率を算出して、前記(6)の売上除外額から値引分を控除する。

(二)  弁護人は、右の推計計算の方法につき、次のとおりそれが不合理である旨主張する。

(1) 前記(一)、(2)の売上平均単価算出に関して

〈1〉 甲野勘定(被告人会社の売上帳における対Bとの取引勘定)においては、本来被告人会社がBに販売した単価が使用されなければならないのに、検察官は、Bが得意先に販売した単価(Bに販売した単価を超えるものもある)を使用している。

〈2〉 商品の管理上生ずる減耗損が一切考慮されていない。

(2) 自家使用の飼料売上(被告人会社がBら個人に原価で販売した牛の飼料の売上)については、売上平均単価算出の際には、右自家使用の飼料売上を考慮していないのであるから、売上平均単価を基に算出される売上(及び右に対応する仕入原価)の計算上、右自家使用分の数量を除外しなければならないにもかかわらず、検察官は、これを含めて計算している。

(3) 公表売上高に関して

運送店が被告人会社に代わつてその飼料代金を受領する取引を代引というが、その代引においては、飼料売上代金と運送代が相殺され、その場合には、単に飼料の公表売上高が右運送代分だけ減額計上するという処理をしているにすぎないから、本件推計計算を行うに当たつては、右公表売上高をその分増額修正する必要があるのにそれをしていない。

(三)  そこで、弁護人の右主張を検討するが、その前提として、まず、証拠(甲一、乙一五、二八、二九、被告人A子、B)によれば、被告人会社の概要等は次のとおりであることが認められる。

(1) 被告人会社は、被告人A子(以下「被告人A子」ないし「A子」という。)の父である甲野太郎が、昭和二九年五月一日、家畜飼料及び鶏卵販売等を業とするために資本金一三五万円で設立した有限会社である。

被告人A子は、高等経理学校を卒業後、甲野太郎商店(被告人会社の前身)ないし被告人会社の経理等を手伝い、昭和二三、二四年ころ右商店に入社し、被告人会社設立時に取締役に就任していたBと同三三年一一月に結婚し、同三六年ころには、被告人会社の実権を甲野太郎から譲り受けた。そして、昭和四〇年二月二八日、Bが甲野太郎に代わつて被告人会社の代表取締役に就任し、そのころ、本店を父母の居住する米子市道笑町から同市目久美町に移転して、本件に至るまで、B・A子夫婦は、右目久美町において、被告人会社を営んでいたものである。

また、本件当時、被告人会社においては、被告人A子は役職を持たず、Bのみが取締役であり、その外には会社の従業員として長女のC子とパートの事務員D子が従事する小規模な同族会社であり、Bは取締役とはいつても、自ら飼料販売(主に取引先への配達)、鶏卵の集荷など現場の業務を行つていたもので、被告人会社の資金の管理・運用を含む業務全般については、主に被告人A子が取り仕切つていた。

なお、Bら家族は、昭和五四年ころから、個人事業として牛を飼育する畜産業を始め、被告人会社からその飼料を購入していた。

(2) 被告人会社は、甲野太郎の代から、乙山会計事務所に数か月分の飼料販売等に関する取引の伝票、請求書綴、領収書綴等をまとめて持参して総勘定元帳及びそれに基づいた決算書類等を作成してもらい、被告人A子は、右決算書類を基に乙山会計事務所の関与により法人税申告の手続をしていた。

(四)  次に、右事実を前提として弁護人の前記主張につき判断する。

(1) 売上平均単価算出について

〈1〉 甲野勘定(受持勘定)の捉え方について

甲野勘定を検察官主張のように被告人会社と得意先の直接取引ではなく、弁護人が主張するように被告人会社とBとの取引と考えるとその平均単価が低く算定される可能性があるから、甲野勘定の実態を明らかにする必要があるが、これは後述する。

〈2〉 商品の管理上生ずる減耗損について

検察官は、被告人会社のような家畜飼料販売業務における在庫商品の減耗損については、その正確な数値が不明であり、減耗損を考慮できなかつたこと、被告人会社においては、生鮮食料品等の場合に比して、減耗損があつてもその値がわずかなものであると推測でき、棚卸減耗損として経理上処理されていないことなどに照らし減耗損を考慮する必要性がない旨主張する。

しかしながら、検察官自身、在庫商品(飼料)の減耗損が生じ得る可能性を全く否定しているわけではない。そして、実際上も、被告人会社においては、仕入れた飼料をその事務所兼自宅(B・被告人A子等家族が居住する)の道路を挟んで向かいの倉庫に保管しているが、その倉庫は隣地に接する境界についてのみ壁があるだけで道路に面している部分はシャッター等がないうえ、いわゆる野積みの状態であることが認められ(被告人A子)、右の在庫飼料の管理状況に照らせば、弁護人らが主張する盗難、ネズミによる被害等の可能性を全く否定することはできない。

したがつて、被告人会社において、在庫飼料の減耗損発生の可能性が認められる以上、正確な数値が不明であるからといつて、本件推計計算においてこれを全く考慮しないとすれば、右計算により算出された売上金額が推計計算の誤差を勘案しても実額を上回る可能性が高いうえ、検察官主張の売上除外額が多い年度で二一〇〇万円余にのぼる金額であることを勘案すれば、本件在庫飼料の減耗割合がたとえわずかなものであつたとしても、右売上除外額との関係上、看過することができない額になることが推認できる。

よつて、検察官の主張は認められず、本件推計計算の方法によつて算出された逋脱所得は、右減耗損を全く考慮しなかつたことのみによつても実額を超えるおそれのあるものといえる。

(2) 自家使用の飼料売上について

検察官は、自家使用分の販売金額が不明であるから、差益率を算定するための基礎資料から右自家使用分を除外するのは当然であるし、それによつて算出された差益率も合理的なものである旨主張する。

確かに、被告人会社の売上実績を表す差益率を算出するに当たり、Bら個人に対する自家使用の飼料売上を含めて計算すると、売上実績を正確に把握できないことは、検察官主張のとおりである。

しかしながら、検察官は、その採用する計算方法において、売上平均単価を算出する際には、その販売金額が不明であるとして自家使用分を考慮しないでおきながら、他方、売上を算出するに当たつては、右自家使用分を含めた数量について売上平均単価に基づく計算をしているのであつて、その主張において一貫していないというべきである。すなわち、右計算方法によれば、右自家使用分が売上平均単価で売れたことを前提に差益率を算出していることになるが、それでは、検察官が差益率算出に当たつて、被告人会社の正確な売上実績を把握するために自家使用分をその計算過程から排除した意図に反する結果となる。また、右計算方法は、検察官において、右自家使用分が仕入平均原価により売り上げられたと想定したこととも矛盾することになるから、右計算方法によるときは、自家使用の飼料売上は、右価格と平均売上単価との差額分が水増し計算されることになる。

なお、被告人会社においては、Bら個人に売却した自家使用分の飼料代金につき、被告人会社の飼料の顧客に飼料宣伝のため個人の飼育している牛を見学させて、このための飼料宣伝費用の支払債務と相殺処理し、また、見学に伴う牛の病気等の弁償金支払債務とも相殺処理されている(被告人A子)。

以上によれば、自家使用の飼料売上については、差益率の算定上、これを一切考慮すべきでないから、売上平均単価を基に売上を算出するに当たり、右自家使用分の数量をも含めて計算している本件推計計算方法は不合理なものというべきである。

(3) 公表売上高に関して

被告人会社においては、飼料販売先が隠岐島などの遠方であつた場合には、前記したようなその業務の実態から代金取立てが困難であることから、前記の代引を行つていること、また、現金売りの取引先が仕入先から被告人会社へ飼料を運搬する経路の途中にある場合には、その運搬途中に飼料を下ろしていることがあるが、その場合においても、代金取立ての手数を省くために、右同様に代引を行つていることが認められる(被告人A子、平成元年押第六号の五四〔伝票綴〕、八四〔納品書控〕、八五〔請求書等〕)。そして、右代引の取引形態においては、運送店は、取り立てた飼料代金から運送代を差し引いた金額を被告人会社に渡しているというのであるから、被告人会社においては、被告人A子が供述するとおり、飼料売上代金と運送代が相殺処理されていた(経理上正規の勘定処理がなされていなくとも)と考えることも、それほど不自然な経理処理とはいえず、そうだとすれば、弁護人らの飼料の公表売上高を運送代と相殺された分につき、増額修正する必要があるとの主張は十分理由があるものというべきである。

(五)  以上によれば、その余の点を検討するまでもなく検察官が採用した本件推計計算方法によつて算出された被告人会社の各年度における売上額は、同会社の現実の売上額を上回つているとの合理的な疑いを容れる余地があると言うべきである。推計の計算方法においてしかりとすれば、検察官において、これに代わる合理的算出方法を提出するか、他の方法による実額の立証をなさない限り(検察官は当裁判所の口頭弁論終結の際の求釈明に対し訴因変更の意思はない旨表明した)、検察官主張の売上除外の主張を認めるによしないことになる。

3  また、弁護人らは、検察官が売上除外と捉えているものは、被告人会社が従前より行つてきた経理の一方法であつて、売上除外ではない旨主張するので、以下この点についても判断する。

(一)  甲野勘定(受持勘定)について

(1) 検察官は、本来被告人会社が直接取引先に飼料を販売しているにもかかわらず、甲野勘定(受持勘定)と称してその間にBを介在させることによつて被告人会社の売上金額を圧縮させ、売上を除外していた旨主張する。

これに対して、弁護人らは、従前より被告人会社と取引先との間に独立した営業主体を介入させる受持と称する営業方法を採つていたものであり、売上金額の圧縮、売上除外にあらたず、また、前記二、2、(二)(1)〈1〉に記載のとおりであるから、Bが取引先に売つた販売単価が被告人会社がBに販売した単価に比して割高であることを考えると、本件の計算方法は、実額売上を超える不合理なものである旨主張する。

(2) そこで、検討するに、前記認定事実及び証拠(B、A子)によれば、次の事実が認められる。

被告人会社の前身である甲野太郎商店においては、当時小規模ながら鶏や豚を飼つている一〇〇〇軒程度の農家等に飼料販売をしていたところ、先代の甲野太郎は、一〇〇〇軒もある取引先と直接取引をすることは、その経理関係等の事務処理が煩雑なうえ、売掛金を回収するのも大変なことから、Bの他に営業社員を四名程雇つて右得意先を手分けして受け持たせ、甲野太郎商店から各社員に販売された飼料をその計算と責任をもつてそれぞれ受け持つた得意先に販売する営業方法(受持)が採られ、これが被告人会社にも引き継がれた。

しかしながら、社会の変化に伴い、豚や鶏を飼育して生活の糧とする農家が次第に減少してきた反面、経営規模を大きくして養豚、養鶏に取り組む得意先が出現するようになつた。そのため、営業社員は、受け持つ得意先の数が少なくなるし、また、大きくなつた得意先が単価の少しでも安い業者から飼料を購入しようとして価格の値引きを要求するので、いずれにしても利益を得ることが困難になつて辞めていつたが、その際、営業社員が有していた得意先はBに引き継がれ、本件当時には、Bのみが受持を担当していた。

以上の事実によれば、甲野勘定をもつて実体のない架空のものと一概に言うことはできない。

(3) なお、検察官は、受持を単に少額かつ多数の会社の取引先を一括処理する簡略化のための便法にすぎない旨主張する。

しかしながら、被告人会社(甲野太郎商店)にとつては、受持の営業方法をとることによつて、単に事務処理の負担を軽減するのみでなく、売掛代金の回収の危険を営業社員に負担させることで自店の経営を安定させることができるし、他方、営業社員としても、右危険を負担することになるにしても、右商店から購入した単価に上乗せした価格で得意先に販売することで利益を得ることができるから、その才覚如何によつては、増収が見込めることになる。それ故、双方が右の利害得失を了解した上で受持の営業方法を実施していたことは十分考えられる。そのうえ、その当時、受持を担当していた営業社員の手紙(平成元年押第六号の一六四)をも勘案すれば、検察官の右主張は採りえない。

(4) また、受持の営業に被告人会社の請求書、納品書、領収証等が使用され、被告人会社の経費により営まれていることは事実であるが、右認定のとおり、受持は被告人会社にとつて飼料売上の代金債権の回収が安定的に見込めるという大きな利益があることから、被告人会社の経費を投じてでもこれを行う利点があるし、前記認定のとおり、被告人会社は同族会社であり、とりわけBは被告人会社の取締役でもあることから、わざわざBの受持のために請求書等を作らず、既存の被告人会社の請求書等(領収証は、事務の便宜上、予め会社印を押捺していた)を使用したからといつて、これをもつて受持がB個人の営業活動であることを否定することはできないというべきである。

(5) また、前記認定事実によれば、本件当時には、受持担当者の利益が見込めず、むしろ損失を被る事態になつていたことが認められ、このことは当時ただ一人受持を担当していたBがかなり損失を被つていたことをも窺わせるものであり、Bの「損ばかりであつた」旨の公判廷における供述とも符合する。そして、例えば、受持の得意先といわれている権代卓に対する売掛金残高(五八年九月期が六三七万一六四六円、五九年九月期が五八七万六八五一円、六〇年九月期が五六二万二五七六円、六一年九月期が五八九万二八七三円、平成二年三月三〇日付け証拠説明書(金利)参照)が法人税決議書(平成元年押第六号の三二)に記載された被告人会社のBに対する売掛金残高(五八年九月期が五〇九万〇七七七円、五九年九月期が六一六万九一四〇円、六〇年九月期が三六五万八二〇五円、六一年九月期が一六三万一〇八六円)より昭和五九年九月期を除きいずれも一〇〇万円以上(昭和六一年九月期は四〇〇万円以上)も上回つていることをみても、Bが受持の得意先に対する売掛金回収の危険を負担していたことが十分窺われるから、Bは、被告人会社とは会計を別にして独立採算の営業活動を行つていたことが認められる。

(6) さらに、Bは、受持の得意先に対する取引状況を把握するため、自らが用意したノートに日々、売上・入金等の状況を記帳していたこと(平成元年押第六号の一二三~一三二〔無題ノート・売掛帳〕)、他方、被告人会社においても、そのBに飼料等を販売したことをその都度事務員のD子らが広告の裏等に右売上を集計した結果をメモし(同号の一四八ないし一五〇〔売上集計メモ〕)、これを売上帳の甲野勘定に転記して処理してきたことが認められる(同号の三八ないし四二〔売掛ないし売上帳〕)。

(7) なお、検察官は、被告人会社の売上帳の品名欄にBの取引先とされる地域等が記載されていることを会社との直接取引である証拠として主張する。

しかしながら、そもそも受持という営業方法は、通常Bが得意先から飼料の注文を受けてから被告人会社よりその飼料を仕入れ、配達する(無駄な往復を避けるという意味で、当然のことながら、同一方面にある得意先はまとめて配達していた。)という過程も辿るものであることが認められるから(B、A子)、被告人会社としては、甲野勘定につき、直接の取引先のように売上帳の品名欄に品名を記載せず、Bに売つた飼料が配達されていく方面を記帳していたとしても(被告人会社がBに売つた品名は前記売上集計メモを見れば分かる)さして不自然ではなく、このことのみをもつて受持という営業方法の存在を否定することはできない。したがつて、検察官の右主張もにわかには採用しがたい。

(8) 検察官は、その他、被告人会社が仮に受持を採用していたとしても競業禁止取引に当たるのに認許の手続を経ていないこと、受持に関するBの事業所得の申告がないことなどをも主張する。

しかしながら、前記認定した被告人会社が受持を採用した経緯及び被告人会社が同族会社であることなどの事実に鑑みれば、被告人会社においては、受持という営業形態は社員全員の暗黙の了解のもとに行われていたことが認められる。また、前記認定したとおり、本件当時、受持はすでに利益が見込めない状態になつていたのであるから、Bが供述する「受持では利益がなかつたから申告しなかつた」旨の弁解を一概に退けることはできない。

(9) 以上によれば、弁護人の主張に沿つた受持関係の事実の存在が認められるから、検察官のこれを否認する主張は認められない。そうだとすれば、検察官において、被告人会社における売上除外に関する不正経理の方法の一つとして主張するところが理由のないことに帰するとともに、前記推計計算は、受持関係における販売価格をとつて売上平均単価を出している点においても、実額を超える要素を含んでいることとなる。

(二)  支払利息に関する弁解について

(1) 弁護人らは、検察官が売上除外と主張する取引につき、B、被告人A子、C子が被告人会社に対して有する貸付金の利息として受領したものであるから、売上除外ではない旨主張するので以下に検討する。

(2) 確かに、検察官主張のように被告人会社が、Eらに対する売上を売上帳に記載しないまま、Bらにおいて右Eらから金員を受領していた事実は証拠上明らかに認められるところである。

しかしながら、被告人A子は、被告人会社においては、多額の売掛金が回収困難な状況にある等その資金繰りがそれほど楽ではなく、父太郎から引き継いだ被告人会社をBら家族とともに守つていくために、必要になつたその都度、個人の資金を会社に貸し付けていた旨供述しているところ、例えば、総勘定元帳の長期借入金口座及び丙川合同銀行の普通預金口座の昭和五六年一〇月一九日の箇所をみると、被告人会社が個人としてのBから四〇万円を借り受けてそれを被告人会社名義の丙川合同銀行の普通預金口座に入金したとの記帳があるなど右帳簿上被告人会社がBらから一回に数十万円単位で年に一〇回前後に分けて借入れをしていた事実(平成元年押第六号三三ないし三七〔総勘定元帳〕)が認められる。

(3) また、法人税決議書(平成元年押第三二号)によれば、昭和五四年九月期から昭和六一年九月期まで、被告人会社がB、被告人A子、C子ら個人に対して有する借入金(本件当時は、右三名の合計額が五〇〇〇万円前後になつている)が計上されており、昭和五七年九月期までは右借入金に対する支払利息額の記載があること(但し、昭和五八年九月期から昭和六一年九月期まではその記載がない)が認められる。

そして、被告人A子は、右支払利息を個人が受領することにつき、担当の乙山会計事務所に相談して一割程度ならばかまわない旨の回答を得たうえで、一割に相当する範囲内で利息を受け取つていたこと(なお、平成元年八月二五日付け釈明書(補充)及び証拠説明書によれば、検察官が支払利息の記載がない関係で売上除外であると主張する金額は、その大部分を占める大口の取引先であるEの除外金額等から推して、右借入金の一割以内に押さえられた金額であることが推認される。)、本件にかかる昭和五八年九月期以降に支払利息額の記載がないことについては、損益計算書の当期利益が赤字になつたので(法人税決議書〔平成元年押第六号の三二〕によれば、被告人会社の当期利益は、昭和五四年九月期から昭和五七年九月期までは黒字であつたが、昭和五八年九月期以降赤字に転じている。)、本来は、従前同様に支払利息として受領する以上〔借方 支払利息、貸方 売上金〕の経理処理をしなければならないにもかかわらず、貸付債権者として利息は当然受領できるとはいえ、赤字に転じた会社から受領することを公にすることに抵抗感があつてこれを計上しなかつた旨供述しているところ、右供述は、前記借入金の計上や昭和五七年九月期までの扱い等に照らし、自然かつ合理的な内容を含むものというべきである。そうだとすれば、事の実質において前期までと何ら変わりがないものであるのに、計上しなかつたことの一事をもつて売上除外と断定することは、いささか形式主義に堕して合理的疑いの余地を黙殺するの感がある。

(4) なお、前記利息の受領についても、個人の所得申告がないことをもつて直ちに被告人会社の所得であることを認めることはできない。

(5) 以上の事実によれば、検察官が主張するEらに対する関係での売上除外については、個人としてのB、被告人A子、C子が被告人会社に対して有する貸付金の利息として右売上を受領していた事実が強く窺われ、これらの事実を否定するに足りる証拠はないから、したがつて、これを被告人会社における売上除外の実質を有するものとすることはできない。この点においても、検察官が被告人会社における売上除外に関する不正経理の方法の一つとして主張するところが理由のないことに帰する。

(三)  金利収入除外に対する弁解について

(1) 検察官は滞留売掛金の利息をBら個人が得意先から受領していたことをもつて収入除外と主張するが、弁護人らは、個人としてのBらが得意先のために右滞留売掛金を立替払いして被告人会社から右売掛金債権を譲り受け、債権者としてその利息を受け取つていたものであるから、右利息は個人に帰属すべきものである旨主張するので、以下に検討する。

(2) 確かに、検察官の主張するとおり、Bら個人と取引先との間において、右立替払を証する何らかの書面が作成された形跡は見当たらない。

しかしながら、被告人会社においては、本件当時、かなり多額の飼料販売に関する滞留売掛金が生じていたことは検察官も認めるところであり、被告人A子は、多額な滞留売掛金があると、銀行からの借入が困難になることから個人としてのBらがこれを随時立替払していた旨供述している。

また、前記したように被告人会社はその資金繰りが必ずしも楽ではなく、当面する被告人会社の支払手形・小切手の決済等を滞らずに行うには、Bら個人による立替金の入金が現実に必要とされる状況にあつたことが窺われる。

そして、売上帳及び金銭出納帳の入金欄並びに総勘定元帳の売掛金口座を照合すれば、帳簿上は立替払の処理がなされ、法人税決議書にもその旨記載されていたことが認められる(平成元年押第六号の三二ないし四二、六〇ないし六五)。

また、売掛金を滞留していた取引先の一部は、Bから「売掛代金を立替払いしたので、今後はBら個人がその金利を受け取る」旨の説明を受けたと証言している(証人E、同F、同G等)。

(3) なお、前記滞留売掛金の金利につき、Bら個人が、その請求に被告人会社の請求書等を使用していたこと、受領した金利の所得申告をしていないことの事実はあるが、これをもつて右金利が被告人会社の所得であると認めることはできないのは、前述したところと同様である。

(4) 以上の事実によれば、Bら個人が、被告人会社の経営上、その資金が必要になつたその都度、滞留売掛金を立替払して被告人会社から右売掛金債権を譲受け、以後その債権に関する金利収入を得ていたことが強く窺われ、これらの事実を否定するに足りる証拠はないから、検察官の収入除外である旨の主張は採用しがたい。

(四)  以上によれば、検察官において、売上除外であると主張するところは、いずれも、その経理方法の当否はともあれ、被告人会社の実質的所得の有無という点からは、これを認めるによしないものといわざるを得ず、経理上の難点を捉え、これをもつて除外であるとすることは、事の実質を等閑視する態度といわなければならない。

三  雑収入について

1  検察官は、丁原オガライト工場に対する飼料用空袋販売は、飼料販売に付随した取引であるし、その経費も被告人会社が負担し、請求書、領収書は被告人会社のものを使用していることなどから、右売上は被告人会社に帰属する旨主張する。

2  しかしながら、右空袋は、Bら個人が牛を飼育するのに使用した飼料の空袋であつたり、また、Bが担当する受持の得意先から配達の都度集めてきたことが認められる(被告人A子)から、その売上収入もBら個人に帰属するものと認められる。

よつて、検察官の右主張は認められない。

四  雑損について

1  被告人会社は、飼料販売の取引先のため、本来取引先が支払うべき飼料価格安定基金を立替払いして、しかる後に取引先にその立替金を請求するというシステムを採用していたところ、取引先は右安定基金は被告人会社が負担するものとして立替金をほとんど支払わないため、回収不能の不良債権として毎期ごとに損金処理をしていたことが認められる(法人税決議書〔平成元年押第六号の三二〕、被告人A子)。

2  そこで検討するに、確かに、損金処理したにもかかわらず、公表外で請求していた事実は、被告人A子の供述によつても、これを認めることができる。

しかしながら、被告人A子の供述によれば、被告人会社が右に請求した相手方は、例えば、Fがそうであるように、過去において、右立替金のみでなく、飼料の売掛金自体の回収状況が著しく悪い取引先であり、被告人会社としては、現実には回収される見込みのないことを知りつつ多少制裁的な意味を込めて請求しているものにすぎないし、現に右債権は回収されていないことが認められるから、検察官が否認した額もわずかであることを勘案すれば、被告人会社ないし被告人A子に積極的な隠蔽工作の意図があつたものと認めることはできない。

以上を総合すれば、右立替金の損金処理について被告人会社ないし被告人A子に逋脱の故意があつたと認定することには合理的な疑いの余地がある。

五  固定資産税について

1  被告人会社が、B、被告人A子の所有にかかる米子市内の不動産(以下「本件不動産」という。)に関する固定資産税をその経費(租税公課)として損金処理していたことは被告人らも認めるところである。

2  しかしながら、被告人A子は、被告人会社が右処理をしたのは、被告人会社が銀行から借入れをするに当たり、右個人としてのB、A子が連帯保証人になつたり、その所有にかかる本件不動産を担保として提供したこと、また、被告人会社の得意先が戊田飼料株式会社からマルナカローンという借入れをするに当たり、右個人が連帯保証人になつていたことなど個人が被告人会社のために人的・物的担保を提供していたことに対する代償つまり保証料として最低限右担保に供した不動産の固定資産税相当額を被告人会社に出捐してもらう考えによるものであつたこと、更に、この処理は、個人が会社のために担保を提供するようになつたころから、担当の乙山会計事務所と相談のうえ行つてきたものであり、過去の税務調査(四年に一回程度)においても、何ら指摘を受けなかつた旨供述している。そして、右供述は、特に不自然なところもなく、これを排斥するに足りる証拠もないから十分信用に値するものといえる。

3  以上によれば、被告人会社ないし被告人A子には、明示的に右損金処理を行うことによつて、右の関係を示そうとする姿勢が窺われるといえこそすれ、これにより法人所得を隠匿しようとしていたとまでは到底認められない。したがつて、右固定資産税の損金処理について被告人会社ないし被告人A子に逋脱の故意があつたと認定することはできない。

六  県・市民税について

1  被告人会社は、前記認定のとおり、乙山会計事務所に依頼して決算書類等の作成を行い、法人税申告の手続をしてもらつており、Bら個人の県市民税の特別徴収分についても、その処理を同事務所に概ね委ねていたことが窺われるところであるが、被告人会社の決算書類等をみると、右県市民税につき、五八年九月期と五九年九月期には、租税公課から除外する経理処理をしていたのに、六〇年九月期と六一年九月期においては、その処理をしていなかつたことが認められる。

そして、検察官は、右の除外処理をしていなかつた六〇年九月期及び六一年九月期分について、逋脱である旨主張するものである。

2  しかしながら、右事実経過を勘案すれば、県市民税の除外処理がなされなかつたのは、被告人会社ないし被告人A子に逋脱の意図があつたというよりも、乙山会計事務所の決算処理の誤りであつた可能性が極めて高く、そうだとすれば、単に除外処理がされていないことの一事をもつて被告人会社らに逋脱の意図があつたとまでは認めることはできないというべきである。

七  質問てん末書の任意性、信用性について

1  弁護人らは、被告人A子に対する質問てん末書(乙二ないし一〇号)の任意性を争うので以下検討する。

(一)  まず、弁護人らは、本件質問調査につき、供述拒否権の告知がなかつたことをもつて直ちに任意性がない旨主張する。

しかしながら、そもそも、国税反則取締法上の質問調査には、明文上供述拒否権の告知が要求されておらず、供述の任意性は、供述の際の四囲の状況等を実質的に観察してその有無を判断すべきであるから、したがつて、告知がないことの一事をもつて直ちに質問てん末書の任意性を否定することはできないというべきである。

(二)  そこで、本件質問調査の実態をみるに、確かに、被告人A子は、本件質問調査の初日に当たる昭和六二年二月三日においては、少なくとも昼前から夜の一二時ころまで、その間食事もさせずに調査を行つていたこと、その後の調査においても、質問に答えない被告人A子の態度に多少声を荒立て、机を叩くなどかなり厳しい追及があつたことが認められる(証人H、被告人A子)。

(三)  しかしながら、弁護人らは、右初日に作成された質問てん末書の任意性については、争つておらず、また、翌四日以降の質問調査については、被告人A子は、任意に出頭して質問調査に応じており、また、同年二月六日の質問調査の際には、自己の都合で調査を中途で取り止め、帰宅しているし、同年四月二八日の質問調査を最後にこれを拒否して質問調査に応じていないことが認められる(前掲証拠)。

また、質問てん末書中の供述をみても、その内容は、一部不利益事実を承認した部分があるものの、全体としてみれば、黙秘ないし否認の調書といえるものである。それに、被告人A子は、その調書を読み聞かせられて誤りのないことを確認した上で(現に訂正を申し立てた調書もある。乙六、九号)その末尾に署名押印していることが認められる。

(四)  したがつて、以上の事実を総合し、更に、本件質問調査が刑事事件被疑者の取調べと異なり身柄拘束を前提としない状況下でなされたものであることをも勘案すると、その際に作成された質問てん末書に任意性がないとまではいえないというべきである。

2  次に、質問てん末書の信用性について検討するに、その内容の大部分は、前記したとおり、黙秘ないし否認の内容であるが、一部不利益事実の承認といえる部分も散見される。そのうち、Eとの取引につき、「売上を抜いていた」旨の供述があるが、前記二、3、(二)に認定の事実に照らせば、その供述内容は信用することができないし、その他「現金売上などを抜いていた」旨の供述についても、どの売上を抜いたのかなど具体的な点について触れるところがなく、また、これを裏付ける証拠がない以上(なお、現金売上は、ある程度金額がまとまつた段階で一括計上していたため、個々の取引に関する伝票等が残されていない。〔被告人A子〕)、右供述の信用性をさほど高く評価することはできないと言わざるを得ない。

したがつて、これらの供述を根拠として、検察官のいわゆる概括的認識の存在を認定し、その一事をもつて前記の故意についての具体的認定結果を覆すこともできない。

八  以上によれば、検察官が本件公訴事実について合理的な疑いをさしはさむ余地がないほどに立証を尽くしたとはいえないことが明らかであつて、結局本件は犯罪の証明がないことになるから、刑事訴訟法三三六条により被告人らに対しいずれも無罪の言渡しをすることとする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小池洋吉 裁判官 渡辺雅道 裁判官 佐々木信俊)

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